バトルホークの闘病報告 vol. 1

林 直樹

 2004年2月28日(土曜日)朝11時、晴れ
 「オレ,まだ生きてるよ」
  入院先のベッドでうたた寝をしている風間さんが目を覚まし、ボクがいること に気づくとこう言って笑った。どんなに苦しい時でさえも見せる風間さんの笑いは、生まれつき の楽天的な性格のためだろう。
   「今、何時かなあ?」  うたた寝と表現したが、約10分間、風間さんに気づかれずにその姿を見ていると、睡眠を少しでも多く取ることで一生懸命、命を大事に維持して、はぐくもうとして いるように 感じた。前日は左右にせわしなく寝返りを打ちながら、激痛を少しでも和らげようと格闘していたという。
  ベッドについてあるテーブルには、小さなメモ用紙が1枚置いてあった。
   「5時、ボルタレン。8時、コンチン(麻薬)、11時・・・」時間ごとに服用する薬の名前が書かれ、 飲み終えた薬には、横棒が引かれていた。
   隣の入院患者がボクがいることに気づき、寝返りを打つ。ベッドの支えとなっている鉄パイプがゆれる金属音で横向きに寝ていた風間さんは目を覚ました。
 ボクが11時と告げると、風間さんは「ちょっとウトウトしてたよ。昨日、あまり眠れなくてね。オレ、今週いっぱい、もつかなあ」と淡々とした調子で言っ
た。
 「薬、の時間だったっけ? 最近はメモで印しないと分かんなくなっちゃうからな。モルヒネの影響で頭がボーッとするんだ」
 専修大学のアマチュア・ボクサー時代、プロ転向後も豪快な半生を送ってきた風間さんだが、その実はものすごく繊細でち密な人だ。風間さんは、薬の処方を医師の指示を参考に、自分の感覚で得たデータで自分流につくり変えている。薬をわざと多く使ったり、減らしたり、飲む時間を遅くしたりすることで、痛みが和らぐ効き目を自分で把握して、自分流の所定の時間ごとに服用する。
  毎日つけている日記には、医師も関心するほどのち密な”研究データ”がびっしりと記されている。
 抗がん剤についても、医師からは3週間に1回と指示されたが、「3週間に1回を続けると副作用により体のダメージが残ったまま、次の回になってしまう。
 まず体のダメージを取り除き、次の回に行く」と決めた。抗がん剤の副作用やがん細胞が暴れだした時の激痛を取り除く、痛み止めのモルヒネが普通なら頼みのものとなる。
  しかし、風間さんは、どんなに痛むときもモルヒネの使用をこれまで極力、我慢してきた。
 理由は「モルヒネを使うと、自分の意識が薄れ、自分の五感や思考能力が失われる」ためだという。
 病院の人に内緒で買ってきたアルコール分5パーセント、ぶどうの成分5パーセント、350mlの缶酎ハイを見舞いに持参して、風間さんに渡した。     5階の屋上に行き、雲ひとつない快晴の空を見上げながら 「今日はいい天気ですね」 とボクが言うと、 風間さんは「そうだな。朝起きて、さあ今日は一
日、いい天気で気持ちいいぞと思う気持ちと同時に、ああ、また今日も痛むのかなあと思ったりする気持ちやら、いろんな気持ちが混在する。人間っていろんな事、考えるんだよなあ。だれもが、みんな、それぞれ考えてることは違うと思うんだよな」 と言った。
 闘病中の風間さんには申し訳なく思うのだが、いつも風間さんにスポーツに関する 質問をしてしまう。あらゆるスポーツに関することで自分が疑問に思っていることをぶつけると、風間さんは世界の頂点に挑んだ世界最高レベルの技術とメンタリティーを持つ一スポーツ選手として、簡単明瞭に答えを返してくれる。
 風間さんの現役時代をリアルタイムで知るボクシング・ファンの中には「変幻自在の職人芸を見せるリングの一匹狼」と評する人がいる。またあるボクシング・ライターは「稀代の天才ボクサー」と評した。
「風間さん、変幻自在で呼ばれていたんですね」と尋ねた。風間さんはいつものように、下を向いてじっと考え、おもむろに顔を上げて、ボクに目線を合わせた。
「変幻自在じゃないよな。とにかく勝ちたい。それだけでやってたから、いろんなことをやった。相手によって戦い方は一人一人変わるし、変えてもいた。特にオレは弱小ジム所属だったんで、とにかく強い相手とばかりやってきた。勝たないと、そこから先がない。そんな戦いの連続だった。
  相手の方がパワーも力も上だったら、精神面で勝つしかない。精神面で勝つには、頭で考えて相手に勝つ、最大限の策を考える。例えば、相手にわざと殴らせて相手のガードの甘いところを見極めたり、前傾姿勢で頭から突っ込んで、相手のストレートを額で受けて、相手のこぶしをこわしに行くとか。この戦法はオレが逆にやられたこともあるけど。いろんなことをやったよな。相手の力量がオレと全然違って、楽勝と確信したときには、観客席の声とか野次とかが耳に入り、集中できなくなることもあった。だから、相手のことを こいつ強ええやと思い込んで、気持ちを集中させたこともあるけど」
 風間さんは、ボクシングの話をしているときは、子供のように熱中する。しかし、のめりこんではいない。どこかに覚めた目で、客観的に自分を評論するもう一人のクールな大人の風間さんもいる。
「でも今、闘っている相手はやっかいなやつだ。とにかく勝ちたい」
  こう言うと風間さんは、コップに注がれ、炭酸の泡が消えた酎ハイを一気に飲み込んだ。変幻自在といわれるテクニックを今も駆使して、がんという強敵に立ち向かっている。
「やるか、やられるか。ボクサー時代に試合で恐怖を覚えたことはない。相手が強ければ、倒すか、倒されるか、その思いしかなかった。やるからには勝ちたい」
 「孤高の鷹」風間さんの果てしないラウンドは今も続いている。

(続く)

 ※読者の皆様へのお願い
風間さんは今、ギリギリのところでがんと闘っています。その闘いはものすごく険しく、厳しいものです。皆様の応援メッセージ、激励メッセージをお待ちしています。皆様からのメールを風間さんにお見せして、エネルギーにしていただこうと思っています。よろしくお願いいたします(林)。

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