ボクシングに未来はあるのか?
ボクシングは死んでいる…。アメリカでもメキシコでも、それまで定期的に行われていた試合(興行)が打ち切られたり、減ったりすると業界のマネジャーやマスコミを含めたファンから決まってこの言葉が発せられる。このスポーツをこよなく愛する者には何とも切ない、悲しい響きをもたらすフレーズである。同時にこれほど如実に現状を伝える酷な表現はない。
ラスベガスなどでビッグファイトが頻繁に開催されるアメリカで、ボクシングが瀕死の状態に陥っているという。何かピンと来ないような気もするが、ドン・キングと並ぶ大プロモーター、ボブ・アラムをして「ボクシングはかつて我々が体験したことがない、重大な危機に直面している。今こそプロモーターたちは、それを打開するために結束すべきだ」と言わしめているほどなのである。確かに、景気低迷が続くアメリカでは、スポーツ界にもその余波が押し寄せている。それでも4大メジャースポーツといわれる野球、アメフト、バスケットボール、ホッケーに関しては組織や基盤が強固なせいか、比較的安定した経営状態を保っている。だが、ヒエラルキー的にそれより下部に属するボクシングは、どうしても経済変動の影響を受けやすいのかもしれない。
今回の事の発端は、毎週金曜日(夏期には火曜日にも)通常2時間半に渡ってアメリカ国内で行われる試合を放映しているスポーツ専門ケーブルテレビのESPNが来年1月から今までプロモーターに支払っていた放映権料(1回につき5万ドル〜6万ドル)をカットすると、発表したことだ。テレビあってのボクシング――。プロモーターたちが受ける打撃は火を見るより明らかで、カードの質低下は避けられないだろう。自然に番組が打ち切られてしまう可能性も多いと思う。
ESPN(チャンネルはESPN2)の試合は時折、世界タイトルマッチも放送していたが、主流は世界ランク中位から下位に位置する選手をメインに起用するもので、中堅どころがどんなパフォーマンスを披露するのか、果たして世界を獲れる実力があるのかにスポットが当てられている。トップボクサーに登り詰めるプロセスで、避けては通れない、いわゆるサバイバルマッチを売り物にしていたように思う。
だが、最近「これは!」というカードが少なくなったきた。では試合内容でカバーするのかというと、ファンが次週も見たくなるファイトもあまりお目にかからなくなった。同局にも“我慢の”時期があったはずだが、予算編成や経費節減に対してドライな行動を取るアメリカでは、そのしわ寄せがボクシング番組に降りかかって来たのだろう。ESPNの番組にはリングサイドにテディ・アトラスを名物解説者として抜てき。通常スタジオでコメントするマックス・ケラーマンという若手テレビボクシングの旗手も育った。しかし肝心の試合内容とカードの質が落ちて行けば、凋落の日がやってくるのは自明の理だった。
つくづく、プロボクシングの興行で成功するのは難しいことだと思う。アメリカの場合、大物同士のビッグマッチが実現する可能性よりも、当初ESPNが掲げたポリシー「中堅からそれより少し上のクラスの生き残りマッチ」が成立する頻度の方が少ない印象がする。頻繁に起こることだが、最初発表された好カードが、どちらかの選手が負傷したかとかで対戦者が格下に変更なるケースがある。憶測では報酬に不満があってのことと思われる。選手やマネジャーにしてみれば、より魅力的な報酬になびくのは当然の成り行きで、誰が悪いとは一概に断言できないことではあるのだが…。
このスポーツに対して裾野が広いアメリカではタレント、有望選手は無尽蔵に供給されるものだと思っていた。だが、近ごろの傾向として白人ボクサーはもとより、アフロ・アメリカン選手に関しても以前より小粒になった印象がするし、彼らのボクサー人口も減少気味の感じがする。逆に幅を利かせているのが、ヒスパニック系選手とメキシコをはじめとする中南米から襲来するボクサーたちだ。もはや大小を問わず、アメリカの興行では彼らを無視することはできなくなった。それは野球のメジャーリーグで発生している現象がボクシングでも起こっている、と言えるかもしれない。今年初旬、メキシコを訪れてその現状をルポした筆者は生産工場(メキシコ)、販売店舗(アメリカ)という構図を目の当たりにしたものだ。
皮肉にもESPNが放映している同じ金曜日夜にアラム率いるトップランク社傘下のボクサーを中心した「ソロ・ボクセオ」(オンリー・ボクシング)という2時間枠の番組がテレファトゥーラというスペイン語局から放送され、高視聴率を稼いでいる。メキシコ系を筆頭とするラテンボクサーが毎週登場し、今年はシリモンコン−ヘスス・チャベス戦といった世界タイトル戦もオンエアされた。何もラテン系選手に着目したのはアラム氏だけではなかったが、「数年前からいかにヒスパックファンを引きつけるかが、このスポーツの生命線だ」と広言するアラムが配下ボクサーの数とクオリティーで他のプロモーションを一歩リードしているといえる。今、ESPNが直面している問題は、この裏番組の隆盛と無関係ではあるまい。
アラムから枝分かれしたかたちのデラホーヤのゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)も「ボクセオ・デ・オロ」(ゴールド・ボクシング)という月1回の番組をスペイン語チャンネルHBOラティーノで流している。スタートしたのは今年に入ってからだが、GBP自体は急速に勢力範囲を拡大中だ。HBOといえば、同局のボクシング番組責任者を辞任し、プロモーター、アドバイザーとして独立したルゥ・ディベラ氏は「テレビで流れる拮抗しないダルファイト、頻繁に発生する論議を呼ぶ判定がファンのボクシング離れを招いている」と嘆く。試合のクオリティーの高さをライバル局のショータイムと争うHBOは、トップ選手の契約数でもTVボクシングのチャンピオンに君臨している。テレビ業界に精通するディベラ氏は「凡庸な試合はテレビで流すべきではない。HBOと
ショータイムといったケーブル大手はもちろん、ESPNにだってそれは当てはまる。現状では白熱ファイトを提供すれば、ファンは絶対戻ってくる」と提言する。ただ、試合前から「凡戦なるから組まない」と分かっていれば、誰も苦労しない。それも真剣勝負ゆえのボクシングの難しいところだ。
同氏の発言で興味深いことがある。それは「ホープといわれる新鋭はたくさんいる。でも端正なテクニシャンタイプが多く、勝利を意識するあまり敢えて危険に身を置かない戦い方が目立つ。ガッティ、ウォードのような猛烈ファイターを見つけ出すことがない。その辺りもテレビボクシングが低迷を余儀なくされる理由。ボクサーとはスペクタクルな人種。誰もを納得させなければならない」と考えさせられるものである。ただ、これも裏を返せば、ESPNに出る選手は上をめざすだけに、勝利が第一目標。それにこだわるがために、試合内容がつまらなくなる傾向も無きにしもあらずといえよう。
ディベラ氏の案に基づいてアラム氏は「プロモーター・サミット」なる会議開催を提案。セドリック・クシュナー・プロモーターも「我々業界人には新しい改革が必要不可欠だ」と説く。そんな改革案が実現するかどうかは別として、現状はまだ「ボクシングは死んでいる」という進行形。これが「死んでしまった…」と完了形にならないよう、業界関係者全員の奮起と活躍に期待したい。
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