バレラ敗北の原因と舞台裏
「サンアントニオの悲しい夜」。メキシコの新聞は、こんな見出しで同胞の敗戦を報じた。現役フェザー級最強の呼び声が高く、パウンド・フォー・パウンド・ランキングでも上位を占めるマルコ・アントニオ・バレラがIBF世界J・フェザー級王者ながら世界的には無名に近いマニー・パッキアオにほぼ一方的に打ちまくられて、ストップ負けを喫した。今年2004年のアップセット(番狂わせ)オブ・ジ・イヤー候補になるだろう。
1993年のフリオ・セサール・チャベス−パーネル・ウイティカー戦で6万人以上の大観衆を記録したアラモドームにはニューアイドルの勇姿を見ようとメキシコ系ファンが集まった。バレラにとっては純然たるホームグラウンド。その晴舞台をセッティングしたのは、彼が新しく契約を交わしたデラホーヤ率いるゴールデンホーイ・プロモーションズだ。台頭著しい同プロモーションはバレラをエースに抜てきして、今後のビッグファイトを見据えていたのだった。確かにパッキアオの強打は脅威だが、ハメド戦、モラレス戦、タピア戦などで披露したスキル満点の試合ぶりが再現できれば、それほど苦戦することなく、撃退できる相手という見解もあった。
だが、内容と結末はパッキアオの母国フィリピンはもとより、アジアボクシング界の一大エポックとなるであろう、ドラマチックなものであった。
以前から筆者は猛ラッシャーからアウトボクサーというバレラのスタイルチェンジを肯定しつつも、そのメカニズムが狂わされた時の対処法を体得しているかということに一抹の不安を抱いていた。同時にモラレス第1戦まで彼が定番としていた狂ったように放つコンビネーションブローを再び見てみたいと思っていた。パッキアオ戦の2ラウンド、久しくご無沙汰だったボディー、顔面を襲う猛攻が再現された。しかし、ラウンドを制したのはパッキアオだった。次の3回に喫したダウンが勝敗の分かれ目だった気がするが、あの渾身の力を込めたアタックが長続きせず、フィリピン人の突進を食い止められなかった時点で、“悲しい夜”の兆候が忍び寄っていたのかもしれない。一度型にはまった状態から抜け出し、また元のスタイルに戻そうとして通用しなかったことはスタイルチェンジの功罪の一つに上げられる。
試合を前にメキシコのプレスから流れるバレラ・キャンプ情報はいつもながら好調さを伝えるものだった。不運にもキャンプ地ビッグベア近郊で発生した山火事のため、下山を強いられ、早めにサンアントニオ入りするハプニングに遭遇したものの、仕上がり具合いに影響はないように思われた。また、バレラ自身のコメントは日本からスパー相手としてキャンプに加わった2人のサウスポー、矢代義光、粟生隆寛の貢献ぶりを強調。「素晴らしいコンディションに仕上がっているのも日本人パートナー2人のおかげ。とても感謝している」と絶賛してはばからなかった。もしバレラが勝っていれば、2人は大変な功労者となっていただろう。ハメド戦の前、やはりバレラをサポートし、ハメドを“演じた”本田秀伸に続き、内外からクローズアップされていたはずだ。しかし本田のケースと違って結果が出せなかったことは非情な現実と言わざるを得ない。もちろん、実際2人はバレラの言葉のように多大な献身ぶりだっただろうし、彼らの将来性に疑問を投げかけるつもりは全くない。だが、例えばパッキアオとの再戦が決定しても再び声がかかるだろうか。複雑な気持ちがしてしまう。つまり、サウスポー対策が甘かったという結論に達してしまうのだ。
バレラ自身、試合後の会見を「エキスキューズはない」と言って切り出している。しかし、彼が精神的に追い込まれていたとは言わないまでも、通常の状態ではなかったとも想像できる。それはアメリカのあるボクシング・インターネット・メディアによって暴露された脳手術の一件である。それは97年、ジュニア・ジョーンズ戦のあと、バレラがメキシコで脳の切開手術を受けていたというショッキングなもの。その後15戦ほど戦い、中には激闘も経験し、異常がなかったのだから、いわば“結果オーライ”の世界なのだが、マスコミによってスキャンダラスな報道をされたのも事実。それが試合まで日がない段階だったため、バレラに不必要なプレッシャーを与えたという向きもあるのだ。また、実はそのニュースソースが袂を別けたマルドナド前マネジャーだという噂も広がり、もしそれが真実なら、今回の敗戦は“マルドナドの呪い”だと、まことしやかに囁かれている。
いずれにせよ、今回の敗北は以前ジョーンズに連敗したことよりも数倍の衝撃をバレラに与えたはずだ。「バレラの時代は終わった…」と断言するメディアもあり、今後の去就が注目されている。幼い頃から彼を指導したルディ・ペレス・トレーナーは「これがラストファイト。もうバレラにはリングに上がってほしくない。マルドナド前マネジャーのトラブルに巻き込まれて苦しんでいた。最後は彼の決断だけど、もう終わりにしてもらいたい」と引退を促す。また、11ラウンド、タオルを投げた実兄ホルヘも「今後のことはゆっくり話し合って決めたい。でも個人的には、このまま引退を進めたい」と再起に否定的だ。
このパッキアオ戦に快勝すれば、前週、辛うじてターバーを下し、L・ヘビー級王座を復権したロイ・ジョーンズに代わり、パウンド・フォー・パウンド最強の称号を手にすることも夢ではないと言われたバレラ。まるで頂上から一気に叩き降ろされたような印象がする。この屈辱から這い上がり、再びトップシーンに返り咲くことができるのか。それとも周囲の進言に従い、グローブを脱いでしまうのか。カギを握る人物は、この日リングサイドでバレラに声援を送ったプロモーター、デラホーヤかもしれない。バレラはゴールデンボーイと4試合分のサインを交わしたそうだから、残りは3試合。よほどのことがない限り、契約事項を守ると見たいが、果たしてどうなるだろうか。
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