ネバダ州の明白回答と辰吉戦
先週末、雑務に追われ観戦できなかった試合ビデオをまとめて見返すことができた。今回、取り上げたいのは8月22日ESPN2の「フライデーナイト・ファイト」で放送されたシーンだ。ここで触れるのは当日の試合ではなく、試合の合間に流れた、いわば検証コーナー。それは1週間前に行われた同シリーズの一戦を「問題シーン」として扱ったものだった。
ネバダ州北部のガードナービルという町で行われたその一戦は白人ホープのジェシー・ブリンクレーが、昨年WBOウェルター級タイトルにも挑戦したダニー・ペレスに殊勲の判定勝利を収めたのだが、問題のシーンは5ラウンドに起こった。リング中央の接近戦からペレスの鋭い左レバー打ちが決まってブリンクレーがうずくまるようにダウン。ところがレフェリーで、これまで世界戦の経験なども豊富なビック・ドラキュリッチ氏は倒れたブリンクリーに「ローブローだったか?」とたずね、選手がうなずくとタイムを要求。試合を中断させてしまったのだ。
試合は回復時間を与えられたブリンクリーが接戦を制することになるのだが、当然のごとくペレス陣営は猛烈に抗議。試合ビデオをチェックしたネバダ州コミッションは結局、「正当なパンチだった」と判断せざるを得なかった。そしてマーク・ラトナー・コミッショナーから次のような声明が発表された。「試合のビデオテープを見直した結果、正当なブローであることが判明しました。ペレス選手には本当に申しわけなく思います。でも私にはリマッチを要求することはできません。それはプロモーターと選手の問題です。試合中、レフェリーは唯一管理できる人間で、すべての出来事は彼の判断に任されます。審判の判定を覆すことは不可能です」
ラトナー氏の回答は「レフェリーも人の子。ミステイクもありうる」と言っているように思われる。KO勝ちを損した?ペレスにしてみれば、ホディーブローを反則打と判断されて文字通り、はらわたが煮えくり返る思いだろうが、これだけはっきりと非を認めてくれれば、とてもクリーンなイメージ、印象が残るのも事実である。ドラキュリッチ氏はきびきびした身のこなしなど、個人的には好印象を持っていたレフェリーの一人。ただ、そのシーンではちょうどブリンクリーの背後にポジションを取っており、死角になっていた。また、ヒザまずいた選手にローブーを確認した行為がいっそう誤解を招いてしまった。彼には猛省を促すとして、彼を統括する上層部(コミッション)にはなぜか拍手を送りたい気持ちだ。
さて、鑑賞したビデオには日本から送られた辰吉−アビラ戦も含まれている。このBOX−ONの速報などである程度試合内容が頭にインプットされていたので、その予備知識をもとに見たのだが、やはり辰吉は凡庸なファイター、アビラに救われた印象が強い。とくにレフェリーのアビラへの不可解な注意と2度にわたる減点には後味の悪い思いをさせられた。ビデオではメキシコ人がオープンブローを放っていたかどうかまでは到底確認できない。もしかしたら、現役時代アタック原田リングネームで活躍された元日本王者原田武雄主審の判断が正しかったのかもしれない。だが、どうしても“取って付けたような”、露骨な辰吉びいきのジャッジメントに見えてしまうのだ。3ジャッジのスコアはそろって2ポイント差で辰吉を支持。結果的にこのマイナス点が決定的な意味をもたらした。個人的な話を許してもらえば、アビラの練習を直に取材し、メキシコで試合も見た筆者にはアビラが頻繁にオープンブローを繰り出すボクサーには絶対に見えない。
この日替りコラムでも他の執筆者が試合直後に取り上げているので、あまり深入りしたくないが、アメリカでも次戦に重要な試合を控えた選手が、幸運な判定によって命拾いすることがある。(アメリカでもというより世界中といった方が正しい)今回の辰吉のようなカリスマ性を持つ人気ボクサーを擁するプロモーターにすれば、それが存在するしないにかかわらず、何らかの圧力をかけたくなるのも致し方ないだろう。でもあの減点には納得できない。邪悪な目で見れば、何かもっとスマートなやり方はなかったのかとも思ってしまう。それができないほど辰吉は不調だったという証しでもあったのか?
現役時代の原田氏の“隠れファン”だった筆者は、同氏に詰め寄る気持ちは毛頭ない。ただ、もし試合のレフェリー、ジャッジを任命した日本ボクシングコミッション関西事務局にクレームをつければ、ケースは異なるものの、ネバダ州コミッションのように明解な回答が返ってくるだろうか。今回、同州コミッションは直球を投げられて変化球を返した感じ。だが、その後ボブ・アラム・プロモーターがデラホーヤ−モズリー戦のスコアに対して激しく抗議した時には、鋭い直球を返して沈黙させた。辰吉ファンや関係者は「生き残った、救われた…」で一安心かもしれないが、その奥に潜んでいたものは解明されないままである。
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