キャッチ三浦の

アメリカン・シーン

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三浦  勝夫
(ワールド・ボクシング米国通信員)
M.A.バレラと筆者


 アメリカ、メキシコから見たスポーツ紙の加熱報道


 古い話で恐縮だが、筆者がボクシング記者になったのはワールド・ボクシング誌でもお馴みの浜田剛史氏がワンラウンドKOでレネ・アルレドンドを沈めて戴冠した試合がきっかけだった。それ以前にアルレドンドを取材していた筆者は、彼の通訳みたいな役割りをやり、結構悦に入っていた。この浜田−レネ第1戦にはメキシコを代表するスポーツ紙エストとロサンゼルスのスペイン語紙ラ・オピニオンがそれぞれ記者を東京に送り込んでいた。今から思うと、それはとても信じがたいことであった。

 筆者が住むサンディエゴでも以前ロサンゼルスの日本語テレビ放送が受信できた時があったが、何年か前になぜか打ち切られてしまった。聞くところによると、アメリカの連邦法では他地域のローカル局を別の地域で流すことは違法なのだそうだ。いかにも地方優先、独立型のアメリカらしい話だが、そんなことで現在、貴重な日本の情報源としているのが、ある日本のスポーツ紙が発行しているロス版の新聞である。スポーツ以外にも社会、芸能記事もあり楽しみにしているのだが、トップ張るのはやはり松井、イチロー、中田英、俊輔(中村)、そしてベッカム…。異国で活躍する同胞(ベッカムは英国人だが)に対する注目度の高さ、肩入れの仕方は相変わらずである。

 スポーツ新聞の競争の激しさは想像以上なのだという。それにしても海外に暮らしていると、その報道の加熱ぶりには、いささか驚いてしまう。“大手”といわれるスポーツ紙と一般紙は日本から記者とカメラマンを送り込み、前記のアスリートの情報、一挙一動を克明に伝えることを任務としている。ヤンキースでプレーする松井を例にとれば、日本からの報道陣の数があまりにも多すぎ、全員がプレス席に座ることができず、球場内に特別に設けられた一室でテレビ観戦するという笑い話もあるらしい。傍目には「そこまでするの!」という感じもするのだが、とにかく“需要”があってのこと。彼らの活躍は日本人のハートに強く訴えるものがあるのだ。

 アメリカと接するメキシコでもサッカー選手が世界最高峰といわれるスペインリーグでプレーしている。エスト紙などでその様子が報じられているのだが、現地通信員はおらず、ましてやわざわざ大西洋を渡って記者を派遣するなどということはない。もっぱら通信社の外電を採用するのにとどまっている。また、メジャーリーグでも現在、エステバン・アライサというピッチャーがアメリカンリーグの最多勝レースを争い、バスケットボールのNBAでもダラスに所属するエドゥアルド・ナヘラという選手が獅子奮迅の活躍を見せている。しかし、彼らのニュースも特派員が書くことはない。もし、この二人が日本人だったら、イチローと松井を足して2乗したくらいのヒートアップぶりを日本のスポーツ紙は展開するのではないだろうか。

 日本と比べてメキシコのプレスがクールなのは、もちろん制作コストが限られていることもあるに違いない。不況だと言っても、世界的に見れば、日本のマミコミは贅沢過ぎる費用を使うことを許されている。だが、以前フリオ・セサール・チャベスが現役だった時代には、一般紙も含めた新聞、そしてテレビ関係者がメキシコから大挙してラスベガスにやってきたことが思い出される。今でもチャベス級とは言えないまでも、マルコ・アントニオ・バレラやエリク・モラレスのファイトには各々10人以上の記者がかけつける。また、タイトル獲得戦までは、せいぜい通信社だけがやってきたフアン・マヌエル・マルケスだったが、先日のコネチカット州の試合にはノンタイトル戦に変更されたものの、エスト紙が記者を送っていた。人気面でもマルケスが追い上げをかけているような印象がする。
 プレスの数がバロメーターなら、他のメジャースポーツと比べてもボクシングのチャベスの人気はすごかったことになる。もしチャベスが日本で防衛戦を行うようなことになっていれば、おそらく同じ現象が起こったはずだ。だから、冒頭でふれたレネの試合に遠路はるばる記者が派遣された事実に、今さら驚きを禁じえないのだ。紛れもなくチャベスはメキシコの誇る最高のボクサーだったが、メキシコ・ボクシングの黄金期はそれより少しだけ時代をさかのぼったレネの時代だったかもしれない。それだけボクシング人気が相対的に高かった証拠でもある気がする。

 自国出身のスターボクサーにはかなり熱を入れるメキシコのマスコミだが、先日テキサスで取材したシリモンコン・シンワンチャー対ヘスス・チャベス戦には誰も記者を送って来なかった。チャベスはメキシコ出身で、戦前タイトル獲得の可能性も高いと予想され、勝てばモラレスとの一戦がクロDELAHOYA.WEIGH-IN.030825.JPG - 16,333BYTESーズアップされる選手。なのにプレス関係者はゼロとは…。これは彼が幼い時にアメリカに渡り、シカゴで育ち、テキサス(オースチン)でプロキャリアをスタートさせたことが少なからず左右していると思われる。

 チャベスの国籍は今でもアメリカではなく、メキシコにあるのだが、自国との関連性が薄くなると途端に扱いが冷たくなるのもメキシコのメディアの特徴だ。そういえば、スーパースター、デラホーヤに対してよほどのビッグマッチでない限り記者やカメラマンを送らないのも触れておきたい事実だ。それは取材費用がどうのこうのよりも無視の感覚、極論すれば“毛嫌い”していると思えるほどである。逆にデラホーヤの方はメキシコ国籍を取得するなどルーツにこだわりを見せるのだが、ファンも含めてメキシコ側の反応は冷たい。JCチャベスが老体にムチ打ちながらゴールデンボーイと向かい合った試合が勝敗に関係なく異常な盛り上がりを見せたのも、こんな両者のバック・グラウンドが影響したと思っている。

 

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