メキシコとアメリカ−
ボクシング界の絶妙な経済バランス
先ごろ久々にメキシコに行ってきた。正確にはこの言い方は間違っている。カリフォルニア南端のサンディエゴに居住している筆者は隣町に行く感覚で国境を越え、ボーダータウン、ティファナと行き来している。久々どころか、週に何回かメキシコへ足を運んでいるのである。今回訪れたのは、メキシコ合衆国の“ヘソ”にあたるメキシコシティだ。
旅の目的は現時点で12人の世界チャンピオンを擁する同国の強さの秘密に迫り、現状をレポートすることだった(ワールド・ボクシング5月号で特集)。出発前に12人中4人(エリク・モラレス、アントニオ・マルガリート、ビクトル・ブルゴス、アレックス・ガルシア)が住むティファナへ出かけて今年に入って立て続けにチャンピオンになったブルゴスとガルシア、そして彼らのマネジャー兼トレーナーのロベルト・サンドバルらにインタビューした。これまでもローカルファイトで彼らの試合を取材したことがあったが、直に接してみると、二人とも想像していたよりずっと大人で、しっかりした自分自身の考えを持っていることが分かった。サンドバル・マネからもボクシングに対して真摯に取り組んでいる姿勢が伝わってきた。(写真上・第3期黄金時代の旗手・マルコ・アントニオ・バレラ:撮影・三浦勝夫)
さてメキシコシティではチャンピオン級に会った後、当地の関係者たちに「王者誕生は偶然か必然か?」と質問をぶつけてみた。そこで判明したのは、この国と北の大国アメリカとの深い関係である。メキシコでトップシーンへとのし上がるボクサーはほぼ100%、アメリカへ活躍の場を求める。両国の間には需要と供給の関係が存在する。一昔前、カリフォルニアを中心にオリバレスらのメキシコ人スターが幅を利かせた時代が第1期とすれば、チャベスの時代は第2期。そしてバレラ、モラレス、マルケス兄弟らに受け継がれた現在は、メキシカン全盛の第3期といえるかもしれない。
昨年あたりから一段とテレビ放映が増えたアメリカでは、ボクサー需要が増え続けている。だが、タイやフィリピンなどから明らかに噛ませ犬的な選手を呼ぶ日本のケースとは異なり、アメリカのテレビの要求はホープにしろ、負け役にしろ、よりハイレベルな選手が求められる。その要求に合致したボクサーがおり、しかも比較的安価なコストでアメリカにやって来れるという利点がメキシコ選手が重宝がられる原因になっている。
経済的な理由で自国での世界戦開催が難しいメキシコだけに、敵地挑戦、防衛戦は当たり前。トップ選手同士の交流が深まれば、当然全体的なレベルアップの誘因となり、世界挑戦のチャンスが訪れれば、タイトル奪取につながるという図式ができ上がる。もちろん彼らのフィジカルの強さやハングリー・スピリットも無視できないのだが、昨今の王者量産傾向はアメリカ市場、とりわけ視聴者を虜にする貴重なタレントを探求するテレビ局が“生みの親”になったという見方もできるのである。
同じ合衆国といっても、国力では歯が立たないメキシコでも優秀なボクサーの供給国としてアメリカにしっかり根づいているところが、何ともうらやましい。
第3期黄金時代の旗手・マルコ・アントニオ・バレラ(撮影・三浦勝夫)
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