リングサイド・ビュー

前田 衷
(「ワールドボクシング」編集長)

飯田覚士−井岡弘樹の旧敵再会をマッチメークす


 ワールド・ボクシングで連載中の「飯田覚士の直撃トーク・この人に聞きたい!」が好調である。読者からご好評を頂いているのもひとえに、ホスト役の飯田覚士さんの話を引き出すうまさによるところ大である。よき語り手にして、よき聞き手なのだ。ゲストは現・元ボクサーだけでなく、脚本家の内館牧子さんや、歌手の谷村新司さんらボクシング・ファンの著名人だったり、アマチュアの関係者だったりと多彩。飯田さんは毎回ゲストのボクシング観や彼らの面白いエピソードをうまく引き出してくれるのである。
 連載対談のホストは飯田さんにとっても初めての経験だが、何ごとにも真摯に取り組むこの人らしく、「面白いものにしたい」と意欲満々である。対談のたびに、飯田さんなりに予備知識を蓄え、構成まで考えて対談に臨んでくれる。編集者としてはこんな楽な仕事はない。それでも飯田さんは「なかなか思い通りに行かなくて・・」と反省することしきりである。しかしこの種の対談ものは、相手があることでもあり、シナリオ通りに行かないのが普通である。むしろ、いろいろなハプニングがあり、意外性の面白さが対談の魅力でもあるのだから、事前に考えた構成通りに行かなくてもいいのである。
 この対談の仕事で一緒に話をする機会も多くなり、改めて「ボクサー飯田覚士」の才能にも思い至った。世界チャンピオンになるためにはいろいろな才能が必要だが、この人の場合は「インテリジェンス」が一番の武器だったのではないかと思う。これについては稿を改めて書いてみたい。

 さて、飯田対談の最新11月号のゲストは、井岡弘樹さん−−この連載をスタートするに当たって真っ先にリスト・アップされた名前である。元ストロー、J・フライの2階級世界チャンピオンであり、そして1998年4月には名古屋のリングで3階級制覇を狙って当時世界S・フライ級王座を獲得したばかりの飯田さんにチャレンIOKA IIDA.JPG - 17,459BYTESジしている。試合はベテランの元王者が新米王者を苦戦させ、予想外の大接戦となった。結局飯田さんが2−0の判定勝ちでベルトを死守したが、納得しない井岡さんの支持者の1人がリング内に乱入し、森田健レフェリーに襲い掛かるという不祥事も起きている。井岡さん自身ももちろん自分が勝ったと思い、一方飯田さん自身も苦戦はしたが自分の勝ちと信じた。2人にとっても後味のいい試合ではなかったはずである。
 こんな因縁の対戦歴のある2人に語り合ってもらおうという企画だから、マッチメーカー役の筆者としても気を遣わないわけにはいかない。飯田さんに「次のゲストは井岡さんでお願いしたい」と伝えると、「オーッ、いよいよ来ましたね」と、覚悟を決めていた様子。井岡元チャンピオンは吉本興業と契約してタレント活動を続けるかたわら、大阪市内に井岡ボクシングジムをオープンしてまだ1年も経っていない。対談は飯田さんに大阪までご足労願って行うことにして、井岡会長に依頼の電話を入れる。こちらも二つ返事でOKしてくれたが、最後に井岡会長はこう付け加えた。「飯田さんに、スパーリングの用意をしてくるように伝えて下さいね」。まさか! 
 井岡さんは真面目な顔をして冗談を言うところがあり、どこまで本気か分からない。これまでも何度か面食らったことがある。今度も井岡流のしゃれだと思うことにしたが、その一方で、井岡会長の心の奥底には5年前の試合についてまだ遺恨を抱えたままではないのか、とある種の懸念も抱いていたのである。
 辰吉戦の翌日、ちょっぴり緊張気味の飯田さんと一緒にJRなんば駅に近い井岡ジムを訪ねる。実は井岡会長はこの時期NHKの時代劇にレギュラー出演のため東京に滞在していて、週末だけ帰阪するという生活を続けていた。約束の対談もあって、前夜はNHKのスタジオから東京駅までタクシーを飛ばして、やっとのことで最終列車に間に合ったという。ありがたいことである。
 井岡会長は旧敵・飯田さんの来訪を快く迎えてくれた。といっても、ジムの片隅の事務所兼応接室で行われた対談は、最初のうちいくらかのぎこちなさもあった。井岡会長はしきりに「飯田さんには負けます」「男前やからなぁ、僕も飯田さんみたいになりたかったわ」などと冗談を連発する。飯田さんも「これじゃ対談にならないよ」とお手上げのていである。
 それでも徐々に話が乗ってくると、井岡さんも真剣そのもの。5年前の試合でキューバ人のイスマエル・サラス特別コーチとのコンビで、いかにして飯田攻略を試みたかを詳細に語ってくれた。飯田さんが隠していた減量の苦しさをサラス・トレーナーが見抜いてズバリと指摘したとか、試合前の練習でサラス・トレーナーから顔面に平手打ちを食らったこと。あるいは、試合に際して飯田さんのアゴではなく右肩を狙って右ストレートを打てとアドバイスされたなど、次々と興味深い秘話を披露してくれたのである。これには対戦者だった飯田さんも「へーっ」と目を丸くすることしばしばだった。過去に命がけで戦った当事者同士が、「あの時はああだった」「こうだった」と回想し合う−−

 さんざん語り合った後、フィニッシュの段になるや、井岡会長はまたしても飯田さんにこんな不意打ちを食らわした。「では、これからスパーしましょ、6オンス(試合用!)のメキシコ製で」。もちろん、冗談である。結局写真撮影用に2人にグローブをつけて対峙してもらったが、幸いにも不測の事態は起こらなかった。
 終始穏やかに応対してくれた井岡会長よ、面白い話をありがとう。今後も旧敵の飯田さんときっといい付き合いをしてくれることだろう。しかし、あなたが5年前の飯田戦の判定について、未だに「こだわり」を持ち続けていることも理解するし、それを捨てよというつもりはない。なぜなら、今回の2人の対談で改めて、ボクサーの、勝負師の「業」の深さを思い知らされた気がしたからである。

 

  コラム一覧 バックナンバー



(C) Copyright2003 ワールドボクシング編集部. All rights reserved.