リングサイド・ビュー

前田 衷

お騒がせ男の死と
2人のヘビーウェイトの運命

 近着の「リング」誌にある男の訃報が掲載されていた。元ボクサーでもなければ、関係者でもないその男の名は、ジェームズ・ミラーという。享年39歳。これだけではピンとこなくても、世界ヘビー級タイトル戦の行われている最中に、パラグライダーでリング内に侵入をはかった人騒がせな男−−といえば、かなりのボクシング・ファンが覚えているのではないだろうか。
 1993年11月6日、ラスベガス・シーザースパレスの屋外会場で行われたリディック・ボウ対イベンダー・ホリフィールドのWBA&IBF統一ヘビー級タイトル戦でのハプニング。7ラウンド1分過ぎ、突如空から降ってきたパラグライダー男は、リング内に着地しようとして失敗し、ロープに引っ掛かったところで、警備員に取り押さえられた。
 試合は一時中断され、ミラーはシーザースの警備員らに袋叩きにされたあげく、手錠をかけられ、担架に乗せられて会場から連れ出された。アメリカが「9.11」を経験する前の出来事だから、これでもまだましである。いま同じ行為に走れば、テロリストとみなされ、その場で射殺されても文句は言えない。こんな椿事にもかかわらず、試合は約20分中断されただけで、その後両選手は何ごともなかったかのように激闘を続けた。結果は際どい2−0判定でホリフィールドが勝ち、王座奪還に成功した。
 ミラーはよほどこの種の人騒がせが好きだったのだろう。痛い目に遭わされ、10日間の拘留と罰金4千ドルを払ってもまだ懲りず、その後もバッキンガム宮殿に侵入を試みて失敗し、国外追放になっている。ミラーがどんな素顔の持ち主だったかは知らないが、リング誌によれば、昨年アラスカで消息を絶ち、今年春にアラスカのバルデスというところで、木にロープをかけ首吊り自殺を遂げたミラーの遺体が発見されたのだという。なぜこんな悲惨な最期を迎えなくてはならなかったのか。健康を損ねていたというが、詳しい理由は分からない。
 再びシーザースパレスの試合に戻る。7回に試合が中断されたことが、両選手にどんな影響を及ぼしたのか、及ぼさなかったのか? 筆者の記憶では、スタートから優勢だったボウが、この中断を機にリズムを狂わせ、再開後はホリフィールドの側に試合の流れが移った−−ところが、これがとんだ記憶違い。実際には4ラウンドがターニング・ポイントで、この回からホリフィールドがペースを奪い返し、7回の中断の後は一進一退の攻防が続いた。ミラーのパフォーマンスがあろうがなかろうが、試合になんら影響もなかったといっていいだろう。しかし、今後もこの試合が語られる時にはきっと、ロープに引っかかったパラグライダー男のことも思い出されるに違いない。
 あの"事件"からおよそ10年。パラグライダー男は自ら命を絶ったが、40歳のホリフィールドは老いた今もなおHOLYFIELD-BOWII. 030616.JPG - 15,061BYTES現役にこだわり、ロイ・ジョーンズへの挑戦が取り沙汰されている。そして、ミラーにおとらず悲劇的なのはボウの運命である。タイソンと同じニューヨーク・ブルックリン出身のボクサーは、ヘビー級に新時代を築くヒーローと期待されながら、ホリフィールドの手で初黒星を喫したこの試合がケチのつき始め。その後は三文小説さながらの家庭崩壊劇を演じて破滅の一途をたどり、塀の中で暮らすはめになったのだ。
 あの試合で突如パラグライダー男が飛び込もうとした時、ボウは一瞬「ジュディは大丈夫だろうか」とリングサイドの身長の妻のことを案じたという。愛妻家として有名だったボウ。一生遊んで暮らせるぐらいの金を試合で稼いだはずが、家庭内暴力でやがては離婚。その後もストーカーのように別れた妻子のもとに押しかけ、脅迫して彼らを連れ出そうと企てたとして「誘拐罪」で実刑を食らってしまうとは・・・。タイソンとは対照的なキャラクター、ビッグダディの愛称そのままの、人のいい気さくなチャンピオンとして人気があっただけに、今でも信じられない。

 

 

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