サンデー・パンチ

粂川 麻里生

 イーグルと本望、2人の巧者の“差”


 昨日の後楽園ホールは、いわば日本最高のテクニシャン・ナイトだった。イーグル赤倉と本望信人を見れば、テクニックの熟成度の点では、現在の日本のベストを見たと言っていいのではないだろうか。彼らに匹敵しうるのは、現役ではあとは新井田豊と西岡利晃くらいだろう。赤倉、本望ともに素晴らしいスピードと柔軟性、動きの多彩さを備えた上で、「基本」を非常に重視した端正なスタイルを獲得している。
 相手との距離を測りながらスナップEAGLE AGUIRRE 040111.JPG - 12,722BYTESの効いたジャブが打てること、肩と腰のスナップの効いたワンツーが打てること、的確なステップで自分のリズムと距離を作れること、ガードがしっかり上げられていて必要に応じたブロッキングができること……、これらはみな基本中の基本だが、すべてをしっかり踏まえたスタイルを持ったボクサーは、日本には驚くほど少ない。
 日本のトップボクサーの中には、素晴らしい才能を感じさせるボクサーは少なくないが、本当に普遍的に通用する“スタイル”を持った選手は少ないのだ。基本ができていないからだ。トラッシュ中沼とか、湯場忠志などは、たしかに、キャラクターも魅力的だし、ぞくぞくさせるような「何か特別なもの」を秘めていることを感じさせてくれる。ポイントではワンサイド・ゲームだったポンサクレック−中沼戦でも、僕はけっして退屈しなかったどころか、最後までスリルを感じながら見ることができた。「中沼なら、何かしてくれるかも」という気持ちを完全には失わずにいられたからだ。けれども、実際は何も起きなかった。やはり、世界は甘くないのだ。中沼がいくら「特別な何か」を持っていようと、アウトサイドからの左フックだけで“奇跡”の餌食になってくれる世界チャンピオンは、やっぱりいないのだ。小島英次がいくら勇気を出してムニョスの打ち終わりにショートカウンターで切り込もうとも、ガードをしないで打ち合って勝てる可能性は極度に小さいのだ。

 その点、赤倉と本望は、まことに溜飲の下がるボクシングを見せてくれる。とりわけ赤倉は、いつものスタイルをやり通すことで(多少慎重にはなっていたが)、最近のミニマムでは屈指の実力者アギーレを終始圧倒してしまった。アギーレの恐るべきヒット勘で放たれる強打が、ただの大振りのパンチに見えるほど、コンパクトでシャープなパンチを絶妙のタイミングで放ち続けていた。なにより、攻防のバランスがじつにいい。まったく無理のない戦法を12ラウンドやりぬくことで、“リカルド・ロペスの後継者”とまで言われたアギーレに付け入る隙をまったく見せなかった。赤倉には40戦近い優れたアマ歴があるといっても、プロ12戦でこの完成度。具志堅や辰吉の12戦目と比べても、その総合力は優るとも劣らず、あるいは上回っているのではなかろうか。
 一方の本望。コウジ有沢を圧倒して大差判定勝ちをおさめはしたが、「本望ファン」の僕には、いささか課題が残ったように思われた(もちろん、コウジ選手も尊敬してますが……)。最近の本望は、広くスポーツファンからの認知を得ようと気持ちが強すぎるのか、攻撃性が前面に出すぎているのではないか。また、ステップが派手になりすぎているのもHONMO-KOUJI 040111.JPG - 11,190BYTESちょっと気になる。こう言っては元チャンピオン有沢に失礼かもしれないが、近い将来の世界挑戦を狙おうという本望にとって、「今のコウジ」は苦戦さえ許されない相手だったのではないだろうか。率直に言って、大差の勝利は「前提」だったはずだ。後は、「これなら、世界も……」と思わせるだけの試合内容を見せられるかどうか、というのが、本望にとってのもうひとつの勝負だった。
 昨日の試合の戦い方で、ヨーサナンやヘスス・チャベスに勝てるだろうか。僕は、ちょっと難しいように思う。本望は「攻撃性」をアピールしようとするあまり、安易に手を出しすぎたし、そのくせ派手にステップを踏みすぎて、ひとつひとつのパンチの威力をかなり削いでしまっていた。モハメド・アリでさえ、パンチを打つときにはその都度しっかり後ろ足をマットにつけ、脚力をパンチに乗せていたのだ。昨日のような戦い方では、たまたまタイミングが合ったときにしか、深いダメージを与えるブローは出ないように思うのだが。
 下半身と連動していない、手打ちのパンチが多かった一方で、ジャブは少なかったのも、僕としては気に食わない。本望の本領は、つねにヒザとかかと&ふくらはぎの弾力が生きた適切なフットワーク、そこに乗せて至近距離からでもダブル、トリプルでくり出される鞭のようなジャブ、そしてあらゆる瞬間にフレクシブルに反応できる能動的なブロッキングだ。10ラウンドを飛び跳ね続けられる脚力とスタミナはたいしたものだが、本望のフットワークはもっと地味でもいいのだ。負けさえしなければ、攻撃も、もっと地味でいいのだ。
 
 世界タイトルは、「奇策」で取れるものではないだろう。本望には、同僚赤倉の成功を大いに参考にしてもらいたい。二人には、戦力の点で共通する点も多い。バランスのよさ、スピード、下半身&上半身の柔らかさ、高度な距離感……。これだけ優れた点があれば、圧倒的な攻撃がなくとも世界攻略は可能だ。奇を衒わず、無理をせず、まともなことだけを考えて、世界チャンピオンになるスタイルを完成させて欲しい

 


 粂川麻里生(くめかわまりお)
1962年栃木県生。1988年より『ワールドボクシング』ライター。大学でドイツ語、ドイツ文学・思想史などを教えてもいる。(写真はE.モラレスと筆者)

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