サンデー・パンチ

粂川 麻里生

続・実況とは何か

 先週に引き続き、「実況」について申し上げたい。前回、僕がもっとも言いたかったことは、「実況の使命は、“盛り上げる”ことではない」ということだった。スタジアムが熱狂に叩き込まれたとき、実況者もそれに応じて興奮の声を上げるのはいい。けれども、実況アナウンサーが誰よりも先に、「なんという凄い試合なんだ〜! 」 などと叫ぶのは意味がないのみならず、有害なのだ。そんなことをされて、「なるほど凄い試合だ! 」などと思う視聴者が多くいるとはとても思われず、むしろ、不快感、嫌悪感だけを感じている人の方が多いはずだ。
 実況が抑えた調子でも、試合内容がよければ視聴者は画面にのめりこむ。逆に、盛り上がらない試合にどうにか興味を持たせたいときには、視聴者が興味を持つ話題について話すべきで、「右〜っ!!」などと叫んでも意味はない。(第一、よほどの決定的打撃でない限り、実況アナウンサーは当たったパンチの種類など言わないほうがいい。話をしながら、どのパンチが当たったかを判断することなど、不可能だ。瞬きする間に往復するようなパンチなのである。いいかげんな基準で「右ストレート!」、「ボディー!」などと言うと、視聴者の誤解を招く。テレビ画面もまた、すべてのパンチをとらえることはできないのだから。ラジオでは、当然ある程度パンチを描写しなければならないが、その際も「本当に当たったかどうか」は、よほど明白な打撃を除いては「ワンツーで攻め込もうとしています」くらいでとどめておくべきだ。)
 僕のようなアタマの固い視聴者の反感を買ったとしても、視聴率が取れればいい、とテレビ局の偉い人は考えるのかもしれないが、それもどうだろう。ボクシングだけではない、野球でも、サッカーでも、ゴルフでも、相撲でも、やかましいアナウンサーには苦情こそあっても、ファンなどついてはいないではないか。
 実況アナウンサーに求められるのは、がなり立てることではなく、魅力的な言葉と声のスタイルで、試合を分かりやすくし、それなりの彩りを添えることだ。競馬ファンがベテランの杉本清アナウンサーを愛してやまないのは、そこには見せかけの熱狂とはおよそ無縁の、鍛え抜かれた様式美があるからだ。杉本氏の声を聴いていると、競馬観戦に必要な情報がすっと頭に入ってきて、しかも「ああ、私はいま競馬を見ている(聴いている)」のだという幸福感が沸いてくる。しかし、現在のボクシング実況に、ファンを幸福にさせるだけのスタイルを持った人はいない。それなりに良心的に、抑えたトーンの実況をしてくれる人も、特に若手でいるにはいるが、「スタイル」を鍛え上げるにはまだ遠い。望むらくは、ボクシングの実況はベテランアナに渋い調子でやってもらいたい(「ボクシングなんて、若手の練習場」と考えられているみたいだが……)。
 ボクシング・ファンに愛された実況スタイルをもったアナウンサーといえば、近年(?)では元テレビ東京の故・杉浦滋男アナウンサーということになるだろう。杉浦氏は、アリ時代の後半から、レナード&ハーンズ時代の実況を担当し、ジョー小泉氏、故・佐瀬稔氏のゲストを得て思い出に残る実況を届けてくれた。ただ、率直に言うと、杉浦氏の実況自体は本当の意味でレベルが高いものではなかった。むしろ、ここぞというところで声がひっくり返ってしまったり、おかしな比喩を叫んでしまったり、あんまり上手くはない人だった。それでも杉浦氏は、ファンともに試合を楽しみ、ファンとともに興奮する人だった。けっして、「盛り上げるため」に絶叫したのではなく、興奮したがために思わず声がひっくり返ってしまったり、変な言葉を口走ってしまったのである。いわば、“天然”だったのだ。そういうのは、ファンは必ず分かる。だから、杉浦氏を愛したのである。
 現代を代表するボクシング実況アナといえば、やはりWOWOWの高柳謙二アナウンサーだろう。高柳氏は実況も上手く、マニア向けの放送を担当しているだけあって、勉強も熱心だ。仕事とは関係のない試合でも、会場に足を運んでいる姿をよく見かける。ゲスト解説者との会話にも、自然な熱気がこもる。ただ、ジョー小泉氏、浜田剛氏という、あまりに強いキャラクターをふたりも相手にしなくてはならず、つねにどこか「ふらついている」ような印象を与えるのが残念だ。「ネイティブ」のボクシング・マニアではないという遠慮があるようにも見受けられるが、もっと自信を持っていただきたい。実況アナも知識はあるにこしたことはないが、小泉氏の知識の前にはいずれにせよ五十歩百歩だろう。アナウンサーは、日本語がしっかりしていていれば、あとはオマケと考えていいのではないか。高柳氏は、今やボクシング実況をリードする存在なのだから、ファンや関係者が規範とするようなスタイルを完成させていただきたいものだ。
 ファンが身をゆだねられる「スタイル」を作りあげるためには、実感のこもった言葉しか言わないことではないだろうか。たくさんしゃべる必要はないだろう。「好試合になってまいりました。」、「ちょっと効いたか」、「強い! 」、そんな短い言葉のほうが、試合の印象はひきしまり、心地よく観戦できる。間違っても、テレビ局が素人を馬鹿にして作った「史上最強の……」、「最大の……」というようなフレーズを使ってはならない。ウィリアム・ジョッピー−保住直孝戦では、ジョッピーを「史上最強のミドル級王者」などと呼んでしまったが、その瞬間、本当のことが何も言えなくなってしまったのである。ミドル級のベルトには大変な伝統の重みがあるということ、ジョッピーがあまたの強豪と戦ってきた素晴らしい実力者であること、その他もろもろの大切な事柄が、全部ウソになってしまった。あれで、試合にひたれるファンは、初心からベテランまでひとりとているまい

 


 粂川麻里生(くめかわまりお)
1962年栃木県生。1988年より『ワールドボクシング』ライター。大学でドイツ語、ドイツ文学・思想史などを教えてもいる。(写真はE.モラレスと筆者)

 

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