サンデー・パンチ
粂川 麻里生
日本に世界王座認定団体を作れ
タイトル認定団体というのは、何もボクシングの始まり以来ずっと続いてきているわけではない。WBAが前身のNBA(全米ボクシング協会)から発展したのが約30年前、WBA内の一機関であったWBCが独立したのがその少し後だ。IBFが各階級で新チャンピオンを立て始めたのが80年代の初め、WBOは80年代の終わりだった。どれもこれも、ここ30年ほどの間に発足した団体だ。「歴史の古さ」という意味での権威は大したものではない。 また、認定団体はどれも「世界タイトル」を標榜してはいるが、それぞれ“キャラクター”を持っている。WBAはベネズエラ、WBCはメキシコ、IBFはアメリカというふうに、それぞれ本部がある国のボクシング界の事情を強く反映した運営がなされるし、それぞれの国のボクサーを相当に優遇する(レオ・ガメスは文句なしに偉大なボクサーだが、そんな彼でも、WBA以外の王座をあれだけ獲得することが想像できるだろうか)。辰吉丈一郎は優秀なボクサーであるだけでなく、自分自身が熱烈なボクシングファンでもあるから、WBC王座以外のタイトルに興味を示さない。彼のウェイト(バンタム、またはS・バンタム)でメキシカン・ボクサーが参加しないタイトルなど、値打ちが半減すると思っているのだろう(WBC以外の王座にもメキシカンが挑まないわけではないが、やはりたいていのメキシカンは「WBCこそ世界王座」と思っているようだ)。 そんなわけで、タイトル認定団体というのはけっして普遍的な価値を提供するものではない。チャンピオンベルトというのは、結局は「誰が持っていたベルトか」そして「誰から奪ったベルトか」ということで権威が与えられるものだ。発足直後のWBO王座など誰も真面目に受け取りはしなかったが、晩年のトーマス・ハーンズ、台頭期のオスカー・デラホーヤ、そしてナジーム・ハメド、ダリウス・ミヒャルゾウスキーがこのタイトルを尊重したことでメジャー・タイトルの仲間入りを果たしたのだ。 となると、このごろ諸団体がやたらと安売りしている「暫定王者」、「スーパー(ユニファイド)王者」というのは、何であろうか。正規王者が防衛戦を行っているにもかかわらず、ああだこうだといちゃもんをつけては暫定王者をでっち上げ、「統一戦」を行うことで「こづかい稼ぎ」をしているようにしか見えないケースが多い。さらに最近では、WBCがコンスタンチン・ヅーやエリク・モラレスに「名誉世界チャンピオン」を与えたという。この「名誉王座」は、“普通の世界王座”よりもステータスが上なのだそうだ。もちろん、認定料は随分とお高いのだろう。ここまで来ると、“権威”を語るのもばかばかしくなっては来ないか。 もちろん、ヅーやモラレスはきわめて高い実力を誇るボクサーであり、その拳には大いなる“権威”が宿っている。しかし、それでも彼らが現時点での「世界最強」であり、完全に別格扱いしていいかと言えば、答えはノーだ。モラレスやヅーを打倒する可能性を十分に秘めたボクサーの名を2,3人上げることは、日本の海外ボクシングファンなら簡単にできるだろう。 こうなると、いまや既成の認定団体の権威が急速に低下していることは明白だ。いくら日本のボクシング界が「タイトルの権威を守る」ためにWBAとWBCだけを認めることにしても、そのご本家があのザマでは、どうしようもない(それに、「権威」を守りたいなら、どうして安易に暫定王座決定戦に参加するのか。こっちの方が、よほど世界タイトルの威厳を貶めている)。いずれ、既成のタイトルの価値は、試合に色どりを備える程度のものになるに違いない。ラウンドガールみたいなものだ。試合のステータスは、あくまでもリングに上がる選手に負うことになる。海外の“世界タイトル事情”には「見ざる聞かざる言わざる」を貫いてきた日本だって、たとえば「ウィラポン打倒」には通常の世界王座奪取よりも大きな価値を認めている(ややローカルになるが、長谷川穂積が達成するまでは「マーカ越え」という言葉もあった)。 こうなったら、わが日本にも「世界王座認定団体」を設立することを提案したい。だいたい、最近の諸外国は、スポーツやエンターティンメントから政治、戦争に至るまで、目先の利益ばっかり追いかけて、本当の意味での「価値」とか「人の道」をなおざりにし過ぎる。とにかくここはひとつ、戦後廃れてしまった日本の「精神主義」、「“道”の思想」を復活させるのだ。いや、別に「日本」とか「東洋」にこだわらなくてもいい。要は心だ。“魂”だ。もう一度、フェアでスポーツマンシップに支えられた「世界王座」を生み出すのだ。「新団体」の設定クラスは、ジュニア(スーパー)階級なしでフライからヘビーまでの8階級のみ(L・ヘビーは認める)、暫定王者、スーパー王者はもちろん、インター王座などのちゃちな小銭稼ぎは一切認めない。ジャッジの選定とランキング作成はプロモーターたちとは無関係に選定する……。 最初は、まともに相手にされないかもしれない。しかし、意識を高く保って、フェアな運営を続けていけば、旧来の認定団体のいい加減差にうんざりした選手やファン、プロモーターがやがてはついてくるだろう。そのうち、世界的なビッグネーム・ボクサーの中にも「私はこのタイトルがスキだ。このベルトが私の世界王座であり、これを守る」と言ってくれる立派な人も現れるだろう。 認定団体というのは、基本的にただランキングを作って王座を認定しさえすればいいので、あとは現地のコミッションに任せることになる。日本で行われる世界戦ではJBCコミッショナーが「コミッショナー宣言」をしているように、実際の試合運営は現地の人々に任せ、認定団体は「スーパーバイザー」として不正がないように見張っていればいい。わりと「元手」のかからないシゴトなのだ。 もう、インチキなビジネス優先主義を「それが世界の趨勢なのだ」と力なく認めるのはうんざりだ。日本発で、世界のボクシング界に“精神革命”を起こすようなタイトル認定団体を作ってみることを本気で考えてもいいだろう。まっとうなものが海外にないなら、信じられるものを自前で作って世界に問うていけばよいではないか 。
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粂川麻里生(くめかわまりお)
1962年栃木県生。1988年より『ワールドボクシング』ライター。大学でドイツ語、ドイツ文学・思想史などを教えてもいる。(写真はE.モラレスと筆者)
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