サンデー・パンチ

粂川 麻里生

3大世界戦+2戦評

 昨日の3大世界戦+2、豪華なカードだけでできあがっている興行だけに、「も、もうおなか一杯です」というくらい楽しめた。それぞれ一流のファイターたちが、現時点で可能な最良の(最高とまではいかないにしても)ファイトをし、濃厚な夕べをプレゼントしてくれたと思う。いつもこういう興行を打たなくてはならないなら、プロモーターは大変すぎるだろうが、「ぜひ見たい」と思えるカードを複数(できれば3試合くらいは)揃えるスタイルを、ぜひ今後もお願いしたい。メインイベントしか「売り」がない興行では、その試合がしょぼい結末だった場合、「時間とお金の無駄遣い」という気持ちだけが残るだろう。ある程度楽しめる保証のある興行こそ、この娯楽の多い時代にボクシングをアピールする必須条件だと思った。その点、昨日の試合は例によって判定には疑問の残る試合もあったが(特に、ウィラポン−西岡戦のドローは、西岡の応援一色だった会場でさえ「え〜っ? 」と疑問の声が上がった)、内容的にはずっしりとしたものがあり、お客さんは損をした気分にはならなかったのではないか。
 僕なりに、それぞれの試合を振り返ってみたい。

 長島健吾 判定 リック吉村
 僕は会場入りするのが遅れてしまって、この試合は4Rからしか見ていないのだが、リックは、生命線の左ジャブの照準が甘く、逆に長嶋が「非常に重視していた」という右ジャブでペースを乱された。身長の低い長嶋が突き上げるこのジャブ、もしくは右フックにはなかなかの切れ味が感じられ、リックにはっきりとしたダメージは与えないまでも、リック得意のボディーフックなどを封じた。リックは「ドローの内容」と主張していたようだが、やはりポイントは長嶋のものだろう。

 佐竹政一 2回KO リカルド・レイナ
 昨日、一番値打ちのあったのはこの試合ではないか。明石のワンポイント&ワンパンチ・フィニッシャーは、ものすごいボクシングを完成させつつあるようだ。初回が終わったとき、僕はあらためて、「佐竹はなんでこんな怪物との対戦を受けたんだろう」、「帝拳は、佐竹に世界戦をさせたくないのか?」と半ば真面目に思った。「ベネズエラのタイソン」(誰が言ったんだ)ことレイナのパワーと前進力はたしかにすさまじく、13戦全勝12KOの戦績以上の威圧感が感じられた。実際、佐竹も「ものすごいパンチだと感じ」、ひるんだ気持ちもあったようだ。
 しかし2回、佐竹は少しづつレイナを押し返すと、ロープ際でプレッシャーをかけながら左ボディフックを叩き込み、一瞬動きの鈍ったベネズエラ人に狙いすました右ショートフックをカウンター! 完全KOしてしまった。このフィニッシュを生み出した、2秒ほどの間の佐竹のステップの切り替え、完全に戦略的なコンビネーション、レイナのアゴを打ち抜いた右パンチの完璧なスナップ……。どれもこれもが凄い。このところ、坂本博之、ディンド・カスタレスと強豪をことどとくワンパンチで沈めてきているが、佐竹は日本でただ一人の「ねらってワンパンチKOできる男」だろう。「とうとうこんな次元にまで到達してしまったのか! 」と、ヒザを赤くなるほど叩いた。
 佐竹のワンパンチKOは、「たまたま強打がまともに入った」のではない。常人には想像もつかないほどの短時間のうちに、完全に仕掛け、狙い、思い通りの軌跡で標的を打ち抜いているはずだ。恐るべし佐竹。層の厚いこのクラスで世界チャンピオンになれるかどうかはまだ分からないものの、佐竹はすでに現時点で超人的なボクサーだ。それだけははっきりわかった。

 戸秀樹 判定 レオ・ガメス
 僕は、3〜4点差でガメスの勝利だと思った。テレビでは戸高が比較的いい場面だけを選んで流していたから、「戸勝利」で納得している人も多いようだが、会場で話し合った限りでは(ウィラポン−西岡とはくらべものにならないが)「ガメスだろう」という人の方がかなり多かった。
 しかし、それとは別に、別にしちゃいけないのかもしれないが、戸は凄いファイターだと思った。中盤、僕は戸の頭蓋骨がまた壊れるんではないかと、目を開けているのが辛いくらいだったが、そんなガメスの猛攻にも良く耐え、終盤疲れたガメスに反撃を加えた。あれだけ打たれても、ぴんぴんしている脚力、インタビューではさわやかな声。昨日は、僕個人は「勝ち」とは思わなかったが、戸は凄いボクサーだ。あらためて驚いたし、尊敬する。

 アレクサンデル・ムニョス 判定 本田秀伸
 ムニョスはヒザを銃で撃ち抜かれるという大怪我でブランクを作ってからの復帰戦だったが、やはりヒザは相当後遺症があるようだ。セレス小林と戦ったときは、つまさきからふくらはぎ、ふともも、背中、肩、腕、そして拳と、太いバネでつないだような力感で、「ぐわーっ」と伸びるフックやアッパーを打っていたのに、今回はまさに腕力に頼ったパンチになっており、多くは本田にやすやすとかわされ、ヒットしても深刻なダメージになることは少なかった。あれだと、もともとテクニックはたいしたことはないムニョスは、ほとんど「ただの力持ち」になってしまう。
 ムニョスの不調にも助けられて、本田はそれなりに持ち味を発揮した。日本王者時代に発揮していた変幻自在ぶりが出せなかったのは、相手のレベルの高さとしても、大降りのパンチの大半をかわし、カウンターを打ち込みさえした。
 僕は、自分の手元ではかなりの接戦と採点していて、1〜2点勝負ではないかと思っていた。それが10点差に8点差、そして4点差……。ほとんどフルマークが2人いたわけで、本田の「攻撃」はまるで評価されていなかったわけだ(ただ、この試合の判定に関しては、不思議なほど意見が分かれていた。僕と同様という人もかなり多くいたと思うが、「まあ、判定どおりなんじゃないか」という人も少なくなかった。凄い幅だ。これをどう考えるべきだろう)。たしかに、本田のパンチは、非常に軽い。肩のスナップもないし、腰の回転も生きていない(だからこそ、柔軟な動きが可能になるのだろうが)。もし、再起するとしたら、一度「ポイントが取れる打撃」について考え直すべきではないだろうか。
 しかし、ムニョス。これで本当に「徳山とやりたい」のか。これはおいしんじゃないのか、徳山。

 ウィラポン・ナコンルワンプロモーション 引分 西岡利晃
 いきなりの右ストレートをリードブローとして用いるというのは、サウスポー対策のもっとも有名なセオリーとされているが、それをこれほど完璧にやってみせた試合は初めて見た。昨日のウィラポンの右リードは、本当に完璧だった。あの小さな身体からくりだされているとは信じられないほど腕(と肩が)がよく伸びる右は、本当に軽〜く無理なく出されていたため、初速よりも、伸びきる前の方がかなりスピードが乗っているようで、西岡はずいぶんこのパンチを食った。数えていたら、1ラウンドで20発以上食った回もいくつかあった。西岡は試合後「右リードは全然効いていなかった。見栄えが悪かったのかなあ」と言っていたが、見栄えというか、効いてなくてもジャブを食えばポイントは奪われるのだ(普通なら)。まあ、西岡の言葉の揚げ足を取るのはやめよう。客観的にどうであれ、ファイターが「判定はどうあれ、自分は負けていない」と信じることは、かならずしも悪いことではない。
 それに、西岡も優勢にこそ立てなかったが、さすがのボクシングをしていた。ウィラポンのリードがどうしても防ぎきれないと見るや、(特に後半は)多少強引な右フックやストレートでウィラポンのボディーを叩きつつ、接近戦のもみ合いにもっていこうとしたところなどは、かつて「消極的」と批判された彼からは想像できないほどの勝負根性と勇気だった。西岡もまた、高い金を取るだけの仕事をした。
 だが、この試合は、多くの人にとって「ウィラポンの完勝」に映ったはずだ。テレビでは、当たっていない西岡のパンチを「右〜!」などと実況しているから、多少西岡も攻めているように感じた人もいたようだが、会場で見た印象では、西岡のパンチがまとめて当たったラウンドは2つか3つしかなかった。だが、どのラウンドも、ウィラポンの右リードだけでも西岡の倍は当たっている。審判にはすべてが委ねられているから、公式にはあくまでもドローだし、ウィラポンもタイトルを取られたわけではないから提訴はしないかもしれないが、これでタイトルが移動していたらと思うとぞっとする。会場は、西岡応援一色で、最後まで大きな声援を送っていたし、最終ラウンド終了のゴングがなったときは、レベルの高い攻防に満足感さえただよっていた。「西岡がタイトルを取れなかったのは残念だが、名王者ウィラポンがこれほどのベストファイトを見せてくれたのだから、これもまた満足」という感じだ。それが「115−115(フォード)」、さらに「114−113(ハーバート・ミン)で西岡」という放送があると、「ええ〜!?」という声がいたるところから上がった。僕たちは、フォード、ミンというジャッジの名前は覚えておいて、試合のたびに心配したり、期待(?)したりするべきだ。
 僕の目の前には、大きなタイ国旗を持った少年たちとその親が陣取っており、「うぃーらーぽん! うぃーらーぽん!」と熱烈に応援し続けていた。「ドロー」の判定が出て、彼らが激怒するのではないかと心配していたが、「いぇーい!」と踊りだした。おじさんは君たちに救われたよ。

 それにしても、日本ボクシング界空前のイベントであったにもかかわらず、スポーツ新聞はこの興行のことをどこも一面では扱わなかった。残念だと思う一方で、ほっともした。なぜかは、お分かりになるでしょう……

 


 粂川麻里生(くめかわまりお)
1962年栃木県生。1988年より『ワールドボクシング』ライター。大学でドイツ語、ドイツ文学・思想史などを教えてもいる。(写真はE.モラレスと筆者)

 

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