夢かうつつか、酔いどれ記者が行く  芦沢 清一
『 酔いどれ交遊録 』


 ガッツ石松さん

 ヨネクラジムが生んだ5人の世界チャンピオンのうち“次男坊”にあたるのが、ライト級ガッツ石松さんだ。“長男”の柴田国明さんが性格的に温和なのに対して、石松さんはやんちゃである。“次男坊ガラス”には、エピソードが数限りなくある。
 まずは路上の8人KO。世界を獲る前、東洋チャンピオンだったころだ。実弟が池袋の街中で、荒くれ貨物運転手相手のケンカに巻き込まれた。相手は8人。とてもかなわない。池袋のアパートで石松さんが暮らしているのを幸いに、助けを求めに走った。
 おっとり刀(コブシ)で飛び出して来た石松さんは、あっという間に8人を
KOしたものだ。一般紙で「東洋チャンピオンが路上で8人KO」と大きく報
じた。もちろんパトカーが出動する騒ぎとなり、石松さんは池袋暑に10日ぐらい拘留されたはずだ。
 当時のコミッション事務局長は菊池弘泰さん。「ボクサーが街中で腕力を振るうことは許されないが、今回は弟を助けるための正義の鉄拳であったことに鑑みて、コミッションとしての処罰は行わない」と恩情裁定を下した。
 ともかく石松さんはやることが豪快だ。試合前のキャンプは伊豆の民宿
「カッパ荘」で張るのが恒例だった。人のいいおやじさんが経営していたこの民宿、今はもうないという。この民宿の傍を小川が流れている。これは他社の記者から聞いた話だが、真冬、ロードワークから戻って来た石松さんは、その小川に飛び込んで周りを唖然とさせたという。軟弱な男だったら心臓麻痺を起こすところだ。
 日ごろの節制というものを、あまり考えない男でもあった。減量にしても、長い時間をかけて少しずつということができない。短期決戦主義である。その反動がきつい。急激に落さなければならないから、土壇場で絶食状態になる。
 ある時、空腹で倒れて、立ち上がれなくなった。奥さんが豆腐を一切れ口に含ませてくれたところ、瞬時にして体内に栄養が補給され、立ち上がることができたという。これは自ら記者会見の時に明かしたこと。豆腐の栄養価が高いのか、石松さんの栄養吸収力が常識を超えているのか。
 石松さんの胃腸が尋常でないことだけは確かである。世界タイトルを取ったすぐ後のこと。当時、プロレスとボクシングが同居していた雑誌「ゴング」の舟木昭太郎編集長が、ボクサー石松が、遠州森の石松の墓参りする誌面企画を立てた。
 快く応じてくれた石松さんに、静岡まで新幹線で舟木さんと私が同行。舟木さんが東京駅で買ってくれた寿司弁当を、発車するとともに広げた。それぞれが口に運んでいる最中、何気なく石松さんに目を向けると、弁当内の仕切りに使うビニール製の笹を口に含んだところだった。止める間もなく、ビニールは石松さんの胃袋に飲み込まれたのだった。

 

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