夢かうつつか、酔いどれ記者が行く
芦沢 清一
『 酔いどれ交遊録 』
輪島 功一さん(1)
理解されなかった頭脳派ファイト
反町さんとのからみで出た輪島功一さんのことを書こう。順序は逆だったかもしれないが、心の広い輪島さんのことだ、許してくれるだろう。反町戦で奇手、奇策を用いなかったと書いたが、極端にそれを駆使したのは、世界タイトルを奪取したボッシ(イタリア)戦である。“カエル跳び”などの秘術は、その後の試合で出るには出たが、あまり頻繁ではなかった。
むしろ輪島さんはリング外の心理作戦をよく用いた。前日の記者会見に、大きなマスクを着けて現れる。カゼを引いていると見せかけるのだ。しかしこれがどれほどの効果があるのか疑問だった。ほかのある名選手に聞いてみたことがある。
「相手が一瞬でも油断してくれたら、しめたものですね。集中力を元に戻すのに苦労するものなんです。僕に苦い経験がある。ある試合が決まった時、相手関係から、楽勝だと思ってしまった。試合が近づいてから、ダメダメ、甘く見たらダメと自分に言い聞かせても、安易な気持ちをどうても消せないんですよ。結果は凡戦」。輪島流心理作戦は当を得ているという証言だった。
そういえば、凡戦の少ないあの勇利アルバチャコフでさえ、イージーな相手を倒せず、気の乗らない試合を1度だけやったことがある。ボクシングにおいて、いい試合になるかどうか、気持ちが占める比重がものすごく多いということを学んだ。
最近、輪島さんと話している中で、亡くなった評論家の郡司信夫さんの名前が、それとなく出た。「あの人は、オレのボクシングを評価してくれなかったんだよなあ」とぽつり漏らした。「いや、世界を取った試合は、郡司さんだけでなく、すべての評論家があなたの戦法を疑問視したものさ。その後、公開練習などの折に、感想を聞いても、悪く言う人は誰もいなくなったんだよ」と慰めるでもなく私。
実はこの試合、私も「ええ?。これがボクシングかよ」と思わずうめいていたのであるが、正直に告白しなかった。せっかくの酒席で機嫌を損ねることもあるまいと思って…。
世界チャンピオンになって2戦目、つまり初防衛戦は、小粒なチベリア(イタリア)を1ラウンドKOにほふって、輪島さんの本領を見ることはできなかった。3戦目は手足の長いドノバン(トリニダードトバコ)が相手。小刻みに動いてフェイントをかけ、相手の目をくらます輪島流変則ボクシングが、体格に勝る外国人ボクサー相手に、必要不可欠であることが、理解できるようになった。
そのボクシングはファンからも支持され、テレビ視聴率30%台常連ボクサーへと飛躍した。庶民派チャンピオンを自認した輪島さんにとって、それは無形財産として心に残っていることだろう。酒好きの輪島さんを取り上げながら、肝心のことに触れることができなかった。次回、もう少し砕けた話をしてみたい。
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