夢かうつつか、酔いどれ記者が行く  芦沢 清一
『 酔いどれ交遊録 』


 畑山隆則さん

 畑山隆則伝・予告編?


 竹原慎二さんと、現役時代にどれだけの付き合いがあったのかは分らないが、引退後に共同のアマジムを出すなど親交を深めているのが元世界スーパー・フェザー級チャンピオンの畑山隆則さん。礼儀上、さん付けしているが、面と向かえば君と呼ぶ。彼のデビュー戦から取材して、年が30歳以上も違えばそれも許されるだろう。
 畑山は新人のころから、見る者のハートに訴えるボクシングをやった。新人時代のボクサーで、私が一番魅入られたのは高橋直人(アベ)であるが、畑山はその次にランクされる。
 2人とも、およそ凡戦というものを知らない。だが、華々しいファイトの蔭で、常に危うさを漂わせていたことでも通じるものがあった。決してタフなボクサーではなかったからだ。負の部分をカバーしつつ、2人はスターへの登竜門である東日本⇒全日本新人王の扉を潜っている。
 高橋については、いずれ別項で書かせてもらうつもりだ。で、畑山であるが、東日本新人王トーナメントの準決勝で、はしなくも負の部分を露呈した。ダウンの応酬という綱渡りで決勝進出を果たしたのだ。
 この1戦に、私の誤解にまつわる因縁話がある。4回戦では一方が2度ダウンするとKO負けになるというルールがある。3ラウンド目であったか、畑山が先にダウンを奪った。酔いどれ男は、これを相手が取ったダウンと勘違いする。だから、ここからがややこしい。
 次なる畑山のダウンシーンで、決着が付いたという幻影を私は抱いたわけだ。いうまでもなく、この時点で現実はイーブン。次にダウンを奪った畑山が勝利を握ったのは当然であるが、私の頭の中には、レフェリーの誤審による畑山の決勝進出という誤解が、しこりとして残った。
 頭にしまっていればいいものを、ワールド・ボクシングで書いてしまった。世界チャンピオンに至るまでには運も不可欠。畑山の場合は、新人王への過程でそれがあったと講釈したのだ。
 それを見た横浜光ジムの宮川オーナーが、後楽園ホールで準決勝のビデオを私に供出して「よく見てごらん」。畑山はダウンこそしたものの、堂々の決勝進出だった。誤解があったことを、認めざるを得ない。
 世界チャンプのご多聞に漏れず、畑山は我の強い男である。竹原が一時的に宮下会長から離反したように、畑山も宮川氏との確執で、世界チャンピオンのまま、引退するという衝撃的な意志がニュースになったこともある。
 これはボクシング界の重鎮たちが動いて円く収めた。問題の原因は“マネー”なのか、それとも“男の意地”なのか、はたまた全く違ったものなのか、分らない。畑山の携帯電話番号は知っている。でも、今は聞かない。いずれ畑山の伝記を書くまで、サイト愛読のみなさんにもお預けだ。ご愁傷さま。
   こんな失礼な一筆、当方、酔っ払っているのかな。

 

  コラム一覧 バックナンバー



(C) Copyright2003 ワールドボクシング編集部. All rights reserved.