WBC正式に自己破産。団体存亡の危機
ボクシング界から緑のベルトが消える――。ついに来るべき時が来たというか、去年4月に裁判所を通じて自己破産を申請していたWBC(世界ボクシング評議会)が、6月14日付で正式にその手続きに入ることが決まった。
以前から報じられているように、ボクシング界の巨人を重大なピンチに追い込み、無残にノックアウトしたのはドイツ人ボクサー、グラシアーノ“ロッキー”ロッシジャーニである。彼は1998年3月、決定戦でマイケル・ナン(米)を下してロイ・ジョーンズが放棄した(と思われた?)WBC世界L・ヘビー級王者に就いた。しかし、ヘビー級進出をもくろんでいたジョーンズは気まぐれのように、L・ヘビー級残留を決意。WBCはロッシジャーニに代わり、再びジョーンズを王者として認定した。
この一連の行動に食ってかかったのが、そのファンをヒートアップさせる戦法でドイツ国内で絶大な人気を誇ったロッシジャーニだった。「すでにプロモーターは防衛戦の予定を組んでいた。どうしてくれる?」。矢面に立たされたWBCホセ・スライマン会長は今年5月、ある雑誌のインタビューで「最初、まるで悪夢か冗談かと思った」と告白したように、揺るぎないWBCの地位と権力をもってすれば、十分解決できる問題と読んでいたフシがある。それでも当時(1998年)からドイツ人が要求した損害賠償額は790万ドル(約8億7千万円)にも達していた。
ここでロッシジャーニの弁護士たちがかなりの辣腕ぶりを発揮する。裁判が進行する過程で、WBCには2000万ドルという巨額の罰金が科せられる。そして3年に及ぶ法廷論争の間に、その額に利子が加算され、最終的に3100万ドル(約34億1千万円)の支払いをWBCは命じられてしまう。もちろんWBCはそれを不服として控訴し、徹底的に戦うことも可能だったが、そのためのデポジット(前金)を調達することも不可能だった。低額による和解も試みたが、ロッシジャーニは、けっして首をタテに振らなかった。
ボクシングを心から愛する者にとって、ニューヨークの裁判所が下した判決は無慈悲と思われてならないだろう。同時に一介のボクサー(ロッシジャーニ)によって老舗団体が根底から崩されたことに驚きを禁じえないはずだ。トラブルメーカーのレッテルも貼らされていたロッシジャーニを文字通りの悪役と見なすことは容易だ。しかし現代社会では、法律と裁決に従うことが我々には義務づけられている。先月行われたフリオ・セサール・チャベスの引退試合のセレモニーの席で「本当にKOされたのは、この私だ」と発言したスライマン氏だが、破産を宣言した後でも「WBCは永遠に不滅」と気丈に語った面影は、そこにはなかった。
問題はこれからだ。161ヵ国に及ぶ加盟国を擁するWBCが一瞬にして消滅してしまうショッキングな結末も憂慮されている。1963年に発足したWBCの歴史はこれで終わり。まだ仮名の段階だが、UBCなる新団体のネーミングもすでに考慮中という話も聞かれる。ちなみに頭のUはユニオンだそうだ。
また、これまで圧倒的な指導力でWBCを牽引してきたスライマン氏の終身会長説も今後は絶対ではなくなりそうな気配がする。今のところ続投が濃厚だが、今回の事件を発端に揺るぎない同氏の権力と地位が脅かされることも考えられる。ある報道では、スライマン支持率が30%まで低下し、傘下の地域団体のうちOPBFなどは同調するものの、今までの通りすべて加盟者が足並みを揃えることは難しくなったと見る向きも多い。
事実、配下のNABF(北米連盟)は同氏の子息マウリシオ・スライマン氏が副会長を務めるほど親睦が深いが、先日メキシコのプエルト・バジャルタで開催された総会でクロード・ジャクソン会長が反旗をひるがえす発言をしているという。歴史的には対立団体WBAの専売特許だった?団体分裂の危機がWBCにも忍び寄っている印象だ。
同時に「まさか!」とは思うものの、WBC認定チャンピオンが戦わずしてベルトを失うという信じなれないケースも想定される。徳山の持っている緑のベルトが承認されなくなる――。何とも不可解な話だが、王者たちを擁するプロモーターたちは果たしてどんなリアクションを起こすのか? ファンにすれば、これから他団体のチャンピオンとの統一戦がたくさん見られると、歓迎されるかもしれないが。現王者たちには死活問題。スキャンダルの衝撃の強さを物語っている。
(三浦勝夫)
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