リングサイド・ビュー

前田 衷
(「ワールドボクシング」編集長)

プロに学ぼうともしない
日本のアマが弱くなるのも必然

「”アマのエリート”なんて書くのはやめてくれ」
 某プロ・ジムの会長が吐き捨てるように言った。なるほど、我々メディアはよくプロに転向したアマの元チャンピオンたちを「エリート」と表現する。つい決まり文句のように書いてしまうのだが、今どきアマ出身ボクサーを「エリート」と呼ぶのはそぐわない気がする。
 昔は、アマの全日本チャンピオン級がプロ転向すると、第1戦からメイン・イベンターとして通用するのが当たり前だった。アマから鳴り物入りでプロ転向したトップ選手たち−−金メダリストの桜井孝雄はじめ、「KO仕掛人」ロイヤル小林、古くは米倉健治(後に健司)、銅メダルの田辺清、川上林成、高山将孝、辻本章次らプロに転じた当時のトップ・アマ(シニア)は即メイン・イベンターだったし、実力的にもまさに「選ばれし者」だったのである。
 古い話になるが、アマの超エリートだった米倉(現ヨネクラジム会長)が転向第1戦でプロのトップ・スターだった矢尾板貞雄とグローブを合わせ、これは6ラウンドのエキシビションマッチにもかかわらず見る者を大いに唸らせる名勝負だったと、今に語り継がれている。ファイティング原田など生え抜きのプロたちは「アマのエリートなんかに負けてたまるか」とことさらに闘志を燃やし、アマのスターを迎え撃ったものだった。アマもプロも活気がある時代だった。LEAGUE.JPG - 17,950BYTES
 しかし時代は移り、今や「アマのエリート」は死語と化した感がある。忌憚なく言わせてもらえば、日本のアマチュア・ボクサーは年々弱くなっているように思えてならない。ひと昔前までは本来のアマらしい、技術のしっかりしたボクサーたちも珍しくなかったものだが、最近はアマの全日本チャンピオン経験者でもプロでは即戦力にはなりそうもない。高校のチャンピオンたちも、まず時間をかけて体力作りから始めないと、すぐにプロのリングに上げては潰されかねない。プロ転向した元アマ王者がいきなりデビュー戦で黒星を喫した例さえある。もちろん、こんなことを言えばアマの指導者たちは「我々はプロ選手の養成機関ではない」と反発するかもしれない。しかし、国際大会での成績不振をみても、やはり今の日本のアマチュアのレベルはどうにかしてほしいと言わざるを得ないのである。(写真上:今年の関東大学リーグ戦より(後楽園ホール))
 後楽園ホールに関東大学リーグ戦をのぞいたところ(もちろん1部リーグである)、プロの未熟な4回戦ボーイと同レベルの「殴り合い」を見せられ、ア然としたことがある。4回戦なら次の試合まで2、3カ月、少なくとも1カ月は間隔を開けるが、関東リーグ戦は2週間に1度だから、これではダメージが抜け切れるかどうか心もとない。「大学リーグで4年やったらプロでは使いものにならない」というプロ関係者たちの厳しい見方も、あながち的外れとは言えないのである。

五輪参加も困難に

 近年の日本のアマの「質」の低下は、国際大会の実績を比べるだけでも一目瞭然である。五輪のメダル獲得は35年前メキシコ大会での森岡栄治(銅)が最後だし、各国1階級1人以内なら何階級でもエントリーできた昔と違って、最近のオリンピック・ボクシングでは各地区予選制が採用され、アジア地区で出場資格を得ることさえままならなくなってきた。3次予選までチャンスがあるにもかかわらず、アジア予選で優勝せずともギリギリ出場枠を確保できる選手でさえきわめて少ない。2000年のシドニー五輪に参加できたのは、辻本和正と塚本秀明のわずか2名。いずれも本番では入賞圏内にも届かなかった。下手をすると今後五輪出場組ゼロなどという事態にもなりかねない。
 それどころか、以前はメダル獲得が珍しくなかったアジア大会ですら、日本選手に活躍の場がなくなってきた。昨年の釜山大会では5人が出場して全員予選落ち。この大会前に日連(日本アマチュアボクシング連盟)の役員がJOCに対し「金5個取る」と大言壮語して(実際は冗談のつもりで口にしたのではないか?)物笑いの種になったのも記憶に新しいところである。おそらく、心あるボクシング人はこの不振の因を分かっていて「このままではまずい」と日々懊悩しているのではないか。
 同じアジアでも、タイや韓国のように国際大会を自国で開催していればまだアマチュア全体のレベルアップも期待できようが、日本のようにごくひと握りの選手・関係者が海外遠征に出かけるだけの「鎖国」に近い現状では、将来に明るい希望は見出せない。これではよほどクジ運がいいか、突然変異のように天才が現れない限り、今後もメジャーの国際大会で勝てる選手の出現は期待できまい。
 アマもプロも取材する筆者の目からは、日連の「プロを毛嫌いするだけで、謙虚に学ぼうとしない頑迷さ」こそが、国際大会で活躍できる選手の育成を妨げている大きな要因のひとつではないかと思える。プロとアマは適度に距離があって当然だが、現状は他のあらゆるスポーツ競技と比べても明らかに「溝」が大きすぎる。かつてレパード玉熊らプロのトップ選手が参加してアマの日本代表選手たちのスパーリング・パートナーを買って出たこともあった。こんなアマ−プロが協力関係にあった時代が懐かしく思い出されるのである。
 最後に再びアマのレベル低下を嘆く某ジム会長の皮肉とも本音ともつかないこんなコメントをご紹介しておこう。「こうなったら、アマチュア・ボクシングからスカウトするより、バスケットボールでも見に行って、ボクサーに向いていそうな人材を探した方がいいかもしれない」。これはこれで名案ではないか。

 

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