4月10日(土曜日)
午前11時30分過ぎ。風間さんの携帯に電話する。鬼怒川温泉に向かっている最中だった。電話の音から察するに、どうも車中だったみたいで、順子夫人と久々の旅行のようだった。
それにしても電話越しに聞こえてくる風間さんの声はどんな時でも力強い。痛み止めの薬の効き目が切れた時の激痛は、ボクの想像をはるかに超えるものだろう。そういう時でも最初の3秒間くらいは、声の力が弱いのだが、4秒後にはいつもの張りのある野太い声に変わる。
「ハイ、風間です!!」短いときは「風間!!」。
風間さんのその第一声を聞くと、いつもちっぽけなことに悩んでいる自分、疲れている自分に渇を入れられ、元気な気分になる。
風間さんとの出会いは20年ほど前だった。東京・中目黒で「バトルホーク風間ジム」を運営していた風間会長を取材に行った。その縁で、ジムに入門した。最初、会った時は「なんて声が大きい元気な人だろう」と思った。酒が大好きで、どんな時でも覇気がある人だった。当時、24歳だったボクは駆け出しの新聞記者の端くれで、出会って間もない風間さんに「君がロッキード事件当時、渦中の田中角栄にインタビューするとしたらどうする?」と聞かれた。ボクが考えていると「簡単じゃないか。田中角栄の家のベルを押して、インタビューさせて下さいと言えばいい。駄目でもそうすることで、得るものが何かあるはずだ」と言われた記憶がある。「妙な事を言う人だな」と思ったが、その後も風間さんの話を聞きながら、夢と大志は最大限にでっかく持てと教わった。
ジム生の練習が終わり、隣の酒屋でお酒とつまみを買って来て、深夜まで飲み明かすのが大好きだった。細長いビルの2階にあるこじんまりしたジム内が暗闇に包まれ、風間会長がすわる机の周辺だけは照明を残して、風間さんの現役時代や学生時代の”武勇伝”に聞き入った。この武勇伝は自慢話じゃない。そんじょ、そこいらにある半端な武勇伝じゃないノンフィクションで、しかも持ち前のユーモアでハードボイルドな話をオブラートに包んでいたので、面白くて、時間を忘れて話を聞くのに夢中になった。夏の時期は練習後に”風間夜話”が延々と続き、ジムに泊めてもらい、リングで横になるのだが、かゆくて眠れずに、始発電車で帰宅したのは今も楽しい想い出だ。 ジムに通っていた時、ボクが忘れられないのは、風間さんの「倒せ!」という一言だった。今もその時の声を忘れずに大切に脳裏に留めている。
ボクは大学時代に日本拳法部に所属していたとはいえ、日本憲法部と言った方がいいくらい格闘技とは程遠い外見のやさ男だった。ボクはフルコンタクトの格闘技にあこがれていた。それは自分が生まれ育った環境の中で、暴力から逃げていた、そのコンプレックスの裏返しかもしれない。ある時、風間さんはいきなりボクに「スパーリングやるか?」と尋ね、勢いで「やります」と答えた。相手はプロのライセンスを持つボクサー。ゴングと同時にサウスポーのボクは、大きく前に踏み込み、拳法部時代に教わった左後ろ拳(左ストレート)を目いっぱいの速さで放った。次の瞬間、ガキッと鈍い音が頭の中で響き、直後に左上の奥歯が大きく欠けたのが分かった。ウィービングでボクのパンチをいとも簡単に交わし、返しの右フックがボクの左アゴにクリーンヒットした衝撃だった。
ボクがひるんだ姿を見て、風間さんは相手のプロボクサーに「倒せー」と叫んだ。相手をしてくれたボクサーは、ボクとの歴然とした力の差を感じ、ボクを傷つけまいとするように、寸止めのマス・ボクシングに切り替えた。1R3分間が長く感じた。風間さんは今度はボクに「林、倒せー」と声をかけた。ボクはアゴをしめ、もう一度、相手に向かって行った。多分、あの時の自分は、ほんのわずかな時間だが、恐怖を忘れていたのだと思う。3分間が終了した後、ほっとすると同時に、言いようもない気持ちの良い充実感を感じた。それは怖さの中で、半歩でも前に踏み込めた自分の勇気を感じたからだった。
風間さんが「田中角栄の家のベルを鳴らし、インタビューさせて下さいと言えばいい」と言った意味が、その時に分かった。ああだ、こうだ、悩むよりも、とにかくやってみろ。そうすれば何かが見えてくる。リング上で聞いた風間さんの「倒せー」の一言が、生きる勇気を失った時に、弱い自分をどんなに奮い立たせてくれたことか。
バトルホーク風間ジムで、「いじめっ子もいじめられっ子もみんな集まれ!中学生ボクシング大会」を開催した。危険には細心の注意を払い、JBCの審判もやっていたこともある風間さんは、大会を成功させた。「ボクシング人気を定着させるには、底辺の裾野を広げることがまずありき」という風間さんの信念は純粋そのものだった。殴られる痛みと殴る痛みを子供たちが知ることは、人を思いやれる気持ちに必ずつながる。風間さんが発した「倒せー」には、そんな思いも込められていたのだろう。
元気で豪快な覇気のある声をいつまでも失わず、自分自身も奮い立たせて下さい。がんばれ!風間会長!
(続く)
※読者の皆様へのお願い
風間さんは今、ギリギリのところでがんと闘っています。その闘いはものすごく険しく、厳しいものです。皆様の応援メッセージ、激励メッセージをお待ちしています。皆様からのメールを風間さんにお見せして、エネルギーにしていただこうと思っています。よろしくお願いいたします(林)。
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